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オリジナル異世界ファンタジー:「月蝕―Eclipse―11番目の神」
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第二章『星の道標』 [ 2 ]

 ここ、ルナリアはかつては星見の聖地だった。砂漠の北の端にあり、高い岩山に囲まれた痩せた土地では作物が育たず、生活物資のほとんどを麓のクラヤから運ばれてくるもので賄っていた。まだ現在のエクリア帝国が東方の小国で、盛んに周囲の国を併合していっていた時代に、エクリアの王は星見に政の多くを担わせていた。初めて侵略していく土地についてその気候や特性を占わせ、侵略した土地にはすぐに神殿と星見宿を建設した。その時期にはルナリアから毎年のように多くの星見がエクリアの神殿に売られていった。――だが、それも過去の話となった。各地に建設された星見宿で後継の星見が育てられるようになると、ルナリアは実質的な星見の供給地としてよりも、『聖なる場所』という意味合いを強調されるようになる。その最たるものが『影贄』と呼ばれる神への生贄だった。
 エクリア帝国民の多くが信じるエクリア教では、太陽が崇められ、その光が形作る影の中には邪なるものが潜んでいると信じられていた。『影』とは『穢れ』でもあったのだ。帝王は太陽の化身になるために自らの影を消滅させなければならない。そのために、王の影をその身に受け止めるために『影贄』は神殿に祭られた。
 王の瞳に邪なものが映らぬように一人は瞳を潰され、王に魔の手が伸びないように一人は手をもがれ、王が魔に取り込まれないように一人は足をもがれ、王に呪いがかけられぬように一人は喉を潰され、邪な考えを吹き込まれぬように一人は耳を潰された。
 ルナリアは今や、生贄の村なのだった。

 影贄の一人が死ぬとその夜に星見が行われ後継者が選ばれる。次の夜、後継者は失われるべき部位をその父の手で切り取られ、翌日の葬儀の際にその部位は一緒に埋葬された。人は死ぬと星の御許に行くのだとルナリアでは信じられていた。神の山と名付けられた埋葬の場には人が横たわれるほどの巨大な岩があり、白い衣に全身を包まれて横たえられた体は、肉と共に魂も鳥に啄ばまれて星の御許へ帰っていくのだ。星の御許に帰るためには全ての体の部位が必要だった。不運にも事故で体を欠いた者のために、時には練り粉に獣の血を練り込んで、欠損した部位を形作って一緒に埋葬した。
 エクリアの神殿に多くの星見を輩出しながらもルナリアでこの星を崇める教えを失わなかったのは、ルナリアの民がもともと砂漠の民だったからなのだろう。砂漠の民にとって夜の星は命の道標といってもいい。砂漠と高原、住む場所を長く分たれ、既に骨格や肌の色さえも異なってきている砂漠とルナリアの民は、自らを星の民(シャトラン)と呼び続ける限りやはり血の繋がった同胞なのだ。そしてこの影贄の葬儀は、その同胞が集う数少ない機会の一つでもあった。

 シャトアの一番星が天空に輝く頃、クラウスの死去の知らせを受けたグラカイエの長はルナリアからの使いと共に砂漠をひた駆け、ようやく麓のクラヤに辿り着いていた。ルナリアは砂漠と違い強い日差しで命を削られる事がないので比較的長命ではあったが、影贄となった民の命はそう長くはない。その中ではクラウスは長く生きた方だった。――いや、もう先代のクラウスと呼ぶべきなのだろう、きっとルナリアでは新たなクラウスが選ばれ、その両腕を切り落とされているであろうから。馬を休ませるためにクラヤで足を止めてエグノアはぼんやりとそんなことを考えながら空を見上げた。
 エグノアは屈強な男だった。グラカイエを拓いた砂漠の民の直系である彼は、砂漠の民にしては珍しいほどの長身を誇る。もともと北方のゼアダの血を引いているらしく、どんなに砂漠の民との混血が進んでも、その長身と彫りの深い顔立ちは色濃く受け継がれていた。
「一応、儀式の前までには間に合いそうだな……」
 呟くように傍らの使いに語りかけると、使いの若い男は空を見上げた。南の空にはシャトアの一番星。東の空に姿を見せ始めた月がちょうど天空の中央に掛かるとき、葬儀ははじめられると決まっていた。クラヤから馬をとばせば3刻ほどでルナリアに至る。ちょうど儀式が始る頃にルナリアに付く事になるだろう。
「今度のクラウスはどんな者なのだろうな……」
 エグノアはため息をついた。影贄の制度をエグノア自身は快く思ってはいない。星の民にとって体の一部を欠くということは、神の愛を受けられないことと等しい。確かにエクリアの宗教とこの砂漠の信仰は違うものだということは理解できるのだが、影贄という制度を未だに行っているエクリアという国は、様々な技術が進んでいるわりに精神的にはまだまだ未開の国なのではないかとさえ考えたりした。
「年老いたものならいいのですが……」
 独り言のように使いの者が呟くと、エグノアはため息を吐きながら小さく首を振った。
「確かに、3年前のエラン(瞳を潰されたもの)の継承のときは酷かったな。まだ成人して間もない少年だったろう?」
「15でした。――特にルナリアではあまり見られない蒼眼の瞳の美しい少年だったので、村中が怒りに似た悲しみに包まれました……」
「そうだったのか……」
 3年前にエグノアが辿り着いた時には既に少年の瞳は抉られ、はっとするほどに白い包帯が瞳の部分を覆っていた。少年は気丈なほど落ち着いていたが、音がすると反射的に見えぬ顔をそちらに向けるのが痛々しかった。
「彼は元気か?」
 使いの者は不思議そうにエグノアを見上げた。
「はい。聖民となったエランは、毎日努めを果たされ、特に先代のクラウスの病床では、毎日、手厚い看護を続けておられました」
 砂漠の民の瞳は砂に煙る砂漠と同じ色をしている。ルナリアに時として蒼眼が生まれるのは、北方に面しているため比較的ゼアダの民との混血が進んでいるためだった。砂漠の熱波が届かないルナリアでは、色素が薄くても永らえる事ができる。ルナリアでは混血が進んでいるのでそう多くはないが、血の凝縮が起こりつつある砂漠では近年白子が多くなった。砂漠で過ごす白子の命は長くはなかった。
「さて、先を急ぐか……」
 エグノアは馬に飛び乗ると、ゆっくりと空に上っていく月を見上げた。
「ハイヤ!」
 馬を追う声をあげると、二つの人馬の影は山へと続く大きく蛇行した道を駆け上り始めた。

 ルナリアに入ると、すぐに神殿へと向かった。神殿は禁足地の隣にあり、星を見るための天文テラスと水を湛えた大きな占盆が設置されている。この占盆に月が映った時、それが葬儀の始まりの合図だった。
「グラカイエのエグノアさまがみえました」
 先触れの声に先導されるようにしてエグノアが神殿の門をくぐると、外で儀式を待つ村人がいっせいにエグノアを見た。どこか重苦しいその雰囲気は、どこか不穏なものを感じる。エグノアは使いの手で開けられた扉をくぐり、占盆の前に進み出た。
 占盆の周りには影贄の4人とルナリアの村長が座り、エグノアの正面に死んだ先代クラウスの体、更にその先に新たなクラウスが椅子に座っていた。
「長い道をよくおいでくださった同胞よ……」
 エグノアは自分のために用意された椅子に座ると、未だ薄暗い室内のせいでよく見えないクラウスの姿に目を凝らした。
「月が魂を安らぎへと導いてくれるでしょう。クラウスよ最後の別れを……」
「はい……」
 暗がりから聞こえた声は痛々しいほどに細く幼かった。ゆっくりとその影は立ち上がり、占盆の前に進み出た。占盆に射す月の光がぼんやりとその姿を照らし出し、エグノアは思わず漏れそうになった声を飲み込んだ。
 ことさら華奢に見える体は肩から先がないからなのだろう。すっぽりと全身を覆う白い衣は、実際よりもずっと少年を幼く見せた。少女だといっても通るような幼い顔に鮮やかに琥珀の瞳。星見の能力を得るために長く伸ばした髪は、白髪だ。
「星の御許に旅立たれる、偉大なわが先達よ。その姿に我がどんなに励まされ、その言葉にどんなに勇気づけられたことでしょうか……」
 異様なほど静かな声にエグノアは怒りに似た悲しみを覚えた。少年の瞳はこれ以上ないほど落ち着いている。それは運命を甘受したというにはあまりに痛々しい。少年の両耳に成人の証の玉飾りが見えないのを見て、少年の言葉を追うように唱和しながら、エグノアは目を閉じた。
 ――まだ、成人すらしていない子供が、影贄だとは……。
 占盆に浮かぶ月に、少年の震えるような声が響いていた。エグノアはその月をただ睨み据えていた。

 
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