餅つく兎の謎
ワタクシが病院実習をした年は、雪の当たり年でございました。例年、雪が積もることなどほとんどないというのに、その日珍しく早く目が覚めると、駐車場は白銀――私の車があると思しき場所には雪の山が……。この車で学校に行くためには、「1.まず、車の雪を落とし」「2.駐車場の雪をかき」「3.チェーンをはめ」「4.同じく積もっている雪をかき分けかき分け大通りまで蟻の歩みで運転し」「5.学校についた後、同じく降り積もっている駐車場の中に車を放置して行かなければならない」――無理。
いや、そもそも、ワタクシの車の(だと思っているだけの)雪山は、本当にワタクシの車のものか? それすら怪しい朝ぼらけ。
そのとき、ワタクシはまだ非常手段があることに気がつきました。そう、当時付き合っていた、既に研修医になっている相方の家は塀を隔ててお隣さん。今、ダッシュで行けば、もしかして車に乗せてもらえるかもしれない!
迷わずピンポンダッシュ――もとい、ダッシュピンポンしたワタクシの目に入ったのは、革靴をコンビニ袋に突っ込んで今まさに出陣しようとしている相方の姿でした。そう、奴は歩いていくのです。仕方なく、ワタクシは家に取って返し、長い部活用のソックスを履き、着替えと本を袋に詰め、奴が歩いた足あとを辿って1時間かけて学校に向かったのでございます。
(後日、てっきりお休みさせてもらったんだろうと思っていた外部病院実習組が、実はチェーンをギリギリに巻いて実習に向かったことを知り、「あんたらは学生の鑑だよ」と感動したのは、ワタクシ達のグループでございました。ワタクシ達が外部病院だったら、きっと、「雪道仕様の車がないです」と言って、サボったに違いありません)
そんなわけで、雪の中始まったのは、精神科の実習でございました。
精神科――という科はなかなかシビアな科でございます。本を紐解いてお勉強していますと、精神疾患の症状が書いてありますが、読めば読むほど、あのときの自分の状態に似ているのでございます。時間がなかったり、余裕がなかったり、疲れていたり、テンパっていたりする時の微妙に普通じゃない自分の精神状態が、列挙されている本……。――まぁ、もちろん、確実に違う症状もありますけれどもね。
患者さんの問診をとっていたりすると、そりゃ、平常の心の状態じゃ居られなくなるのも分かるわ;――と共感してしまったりもするのでございます。
ワタクシの担当の患者さんは、躁鬱病の女性患者さんで、悪友の飲み友達も以前担当した患者さんでした。鬱の時期に入っていて、お話をするのも少し億劫そうでしたが、活動的になる時間を選んでお話をしにいきます。若い乙女二人でございますから、最初は病気に関する話だったものが、すぐに脱線して別の話になります。――以前のあの学生さんは顔が良かったとか、あの先生の癖は変だとか、ペットの話とか。
話しているうちに、彼女が飼っていたペットのジャンガリアンハムスターの話になり、こっそり写真を見せていただいたりして。――そのうちに、そのジャンガーちゃんが亡くなってしまった事が、今回の病状の発端になっていたことを知って、頭に浮かんだ単語は「ペットロス!?」 けれど、そんなことは一言もカルテには書いてなかったような気がいたしました。担当の主治医の先生に聞いてみると、知らなかったそうです; まぁ、たまには学生の話が診療の役に立つこともございます。
そんなわけで、精神科の実習はほとんど患者さんとのお話で終わります。しかしながら、時期は年の暮れ、年の暮れといえば、そう、餅つき。雪も降ったことだし、屋上で餅をつき、ぜんざいを食べ、雪だるまを作ることに。(精神科はレクレーションが多いのです)
餅は杵と臼でつきます。日頃お忙しいドクターがついてくださるわけがございません。鬱状態になっていて、外に出てきて座っているのがやっとの患者さんがついてくださることも稀です。――では、誰がつくのか。決まったこと、学生がつくのでございます。丸めるのは看護婦さんと患者さん。
餅をついてついてつきまくり、丸めてぜんざいを食べ、楽しく会話して実習終了;
もちろん、精神科のさまざまなお話やレクチャーなども受けたのですが、毎朝の雪かき分けの登校と、餅つきと会話の方が、より強く頭に残っているのでございます。<ダメダメ
(精神科では、もっと何と表現すればいいのか;――しんみりとしたというか、胸を突かれるような内容のこともございますが、ここでは伏せさせていただきます。そういうことを暴露するのが目的の「謎」ではございませんので/汗)