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 医学生の謎
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これはある医学生の赤裸々な回顧録である――と思いマス。
 

大噴火の謎

 今もしもホニャララしたら――というのは、よく聞く話でございます。「もしも関東大震災級の地震が起きたら」「もしも大洪水が起きたら」―― 一番根強い人気(?)を誇るのは、「もしも富士山が噴火したら」でしょうか。自然災害の恐ろしさを、私たちはすぐ忘れてしまいますが、自然災害ほど恐ろしく、そして人の力が及ばないものはないと、思っていたりします。

 さて、骨折や骨の変形などを外科的に治療する科――といいますと、整形外科になります。骨折以外にも、骨や軟骨からできる腫瘍の治療をしたり、背骨に関連したヘルニアの治療や、脊髄腫瘍の治療をしたりする病院もあるでしょうか。(このあたりの守備範囲は、病院によってかなり違います。脊髄も脳外科が治療する場合もありますしね) この謎は、その整形外科のお話でございます。

 病院実習というものは、大概ぶっつけ本番でございます。そりゃもう、患者さんの問診も、いくら学友とお医者さんゴッコ(笑)をしてみたとは言え、実際に患者さんを目の前にしてやるのはぶっつけ本番ですし。いくら友人同士で採血の練習をしていたって、検査データとして反映される採血はぶっつけ本番ですし。尿検査も検便も、そりゃもう、全部がぶっつけ本番なのでございます。
 そんなぶっつけ本番にも慣れてきて、致命的にできない状態になってしまう前に絶対にドクターが助け舟を出してくれるということが分かってきた頃、その恐怖の時間はやってきたのでございます。
 季節は忘れましたが、麗らかでのどかな午後だったことは覚えております。私たちは整形外科の実習のために、日頃はあまり使われていない診察室に通されました。そこは何の変哲もない、処置をするためだけのお部屋。目を丸くしている私たちに、唐突にドクターが語り始めたのでございます。

Dr.A「君たち、あの山が見えるか!?」
一同「……」(そりゃ、みえますがな。あんなにくっきりとデカデカと窓いっぱいに見えてるものが、見えんことはないでしょう)
Dr.A「あの山が突然噴火したら、君たちはどうする!?」
一同「……」(あれ、活火山だっけ……? あ、温泉湧くから、火山は火山なんだろうなきっと)
Dr.A「さあ、あの山が噴火した。当然ここも火の海だ。僕ら医者はみんな死んでしまった。患者さんを診るのは君たちしかいない!」
一同「……」(いや、その状況だとたぶん、僕らもみんな死んでるだろうし、患者さんもきわどい状態だと思うけど;)
Dr.A「そして、ここにスキーで骨折した患者さんが運び込まれた! 君たちが(と友人Aと友人Bを指す)患者さんだ! さぁギブスを巻きたまえ!」
一同「……」(いや、なぜ二人が患者役? ――の前に、なぜ噴火時にスキーで骨折した患者が来るだ!?)

 かなり無理のある設定をした後、ドクターはさわやかに去っていかれました。
 ドクター、シチュエーション的にそれはあまりに説得力がなく、あまりに無謀であり、あまりに現実的ではありません! それならいっそ、「自分達だけで巻いてみ?」と一言で言ってくださったほうが、ワタクシたち的には楽だったのですが……(涙)
 まぁ、そんなわけで、ぶっつけ本番のギプス巻き実習が始まったのでございます。

 まず、ギブスを巻くために私たちがとった行動は、棚を開いての材料捜しと、本をめくってのギブス巻きの方法捜しでございます。そう、分からないことにぶち当たったときは、まず周りの人に尋ねる、次に本で調べる、これが基本でございます。
 かつて、医学部の試験で「〜〜のような症例を見た場合、最初に行うべき行動はどれか」というような問題に対して、「先生を呼ぶ」と答えた学生が居たそうです。試験採点者は頭を抱え、結局、その問題は不適当(答えが複数ある、あるいは答えがない)問題として扱われたとか、なかったとか。
 しかし、敵もさるもの、材料は見つかれど本はどこにも落ちていませんでした。そう、本当に自分達の経験と勘と、見よう見まねとでやらなくてはならないのです。
 ワタクシたちは、二つのグループに分かれました。やるからには、やらねばならないでしょう。
 私はテーピングの下にも巻くラップ剤を取り上げました。たしか、こんな様なものが巻いてあったような気がするのです。私はくるりくるりとラップ剤を巻いてみました。テーピングをするときには一巻きで十分なのですが、さすがにそれでは足りないような気がして、もっとくるりくるりと巻いてみました。
 その時でした。

友人A「うぎゃぁぁぁぁ、マジかよ!」

 隣のグループでは、水で浸して巻くだけの石膏包帯を直に巻かれている友人Aの姿がありました。こうして、友人Aの受難は始まったのでございます。

大噴火の謎 第2週

友人A「熱い……。熱いよ、俺の足! 熱い!」

 そう。先週から引き伸ばされている友人Aの運命は、この言葉と共に始まりました。水につけて巻く石膏包帯は、固まるときに熱を出すのでございます。通常はラップ剤を巻いた上に巻くので、熱いと言ってもたかが知れているわけですが、この場合、肌に直接巻かれておりますので、それなりに熱いのでございます。(もちろん、火傷するほどじゃありません)

友人C「だ。だだだだだ大丈夫? 外す? ねぇ、外す?」
友人A「も、外れねぇって……」
友人D「……耐えろ。すまん」
友人A「……(ぷちっ)<あら;」

 がっちりと固まったギブスが友情にひびを入れた頃、ワタクシはラップ剤を巻き終え、恐る恐る石膏包帯を巻いておりました。

友人B「オレ、こっちの患者役で良かったよぉぉ(涙)」
  私「それ以上でかい声で言うと、美しい友情にひびが入るから、やめれ;」
友人A「俺だって、好きで患者役やってんじゃねぇ!(雄叫び)」

 すっかりギブスは固まり、一度崩壊した友情の破片を「今度、お前の飲み代タダで宴会をしよう」という言葉で修復し始めた頃、無理な設定をしてさわやかに去っていかれたドクターが帰還。そして、ぴったりと一部の隙もなく肌に密着して巻かれたギブスに目が点。

 Dr.「あの、まさか直接巻いた?」
友人C「はい……」
 Dr.「……(ぷち)<おや;」

 突然ドクターは荒々しく友人Aの未だ無事だった左足(そう、直接巻かれたのは右足だった)を持ち上げ、すごい勢いでラップ剤を巻き始めたたのでございます。

 Dr.「ギブスはなぁ、こうやって巻くんだよ!」

 瞬く間に分厚く巻かれていくラップ剤、その上に石膏包帯を巻き、ふたまわりほど大きくなった友人Aの左足は、明らかに右足とはギブスの質から違うように見えました。(同じメーカーの石膏包帯だったが)

一同「……」(最初っからこうやって教えてよ、と全員が思っている。特に友人Aの思いは強いものと思われた)
 Dr.「分かったか、それじゃぁな……」
一同「……」(ちょっと待て;)

 結局、ワタクシたちのグループのギブスも、下のラップ剤の厚みが足らずNGを出され、責任をもってギブスを外すことになりました。ギブスを外す場合は、大体ギブスを外すための電動ミニのこぎりがあるのですが、ラップ剤の薄いワタクシのグループは精神衛生上よろしくない(実際には肌が切れることはないと思われたが、ちょっとドキドキするから;)ので却下。もちろん、直接巻かれた友人Aの右足も即却下。のこぎりはドクターが巻いたギブスで試し、残りははさみで切ることになりました。――が、しかし、友人Aは体育会系で鍛えた鋼の体の持ち主、余分な皮下脂肪はなく、ぴったりと巻かれたギブスに隙間を作るのが至難の業; 当然はさみが入るはずもなく……。

友人D「力入れるなって、はさみ入らないから!」
友人A「入れてねぇって(涙)」
  私「仕方ないわね、アレ出して、この子(友人A)押さえて……」
友人A「うぎゃぁぁぁぁぁ!」

 ワタクシはのこぎりを構え、友人Aの右足に当てました。
 ショリショリショリ、コキン! ショリショリショリ、コキン!
 肌とギブスの隙間に差し込んだ腸ベラ(通常は、お腹の手術のときに腸を脇に寄せるために使う。なんて事はないただの金属の平たい棒だが、手で自由に曲げることができる)にのこぎりがあたる音を響かせつつ、ワタクシは無事、友人Aの右足を救出したのでございます。

友人A「俺、しょんべんちびるかと思った〜(涙)」

 なぜ、この場に腸ベラがあったかというと、言わずもがな、今までのグループも似たようなことをしたのでございましょう。たぶん、前の学年でも、その前の学年でも同じようなことがあったものと思われます。なぜなら、腸ベラにはのこぎりでついたと思われる傷が無数に見られましたから……。
 学生が考えることなんて、いつの世も似たようなものなのでございます。

 そして、こんなことがありましてから、ワタクシはグループの中で女王さまと呼ばれるようになったのでございます。口元に微笑を浮かべてのこぎりを構える様子が、そこはかとなく女王さまで良かったのだそうでございます。

大噴火の謎 第3週

 整形外科も外科でございますから、当然手術がございます。骨折の手術、関節の置換、腫瘍の切除、関節鏡検査――あと、何があったっけ? まぁ、いろいろあるのでございます。
 手術に使われる器具は、すべて滅菌処理されております。そりゃ、その器具を使って切ったり摘まんだり縫ったりするわけですから、ちゃんと滅菌されていなければなりません。当然ですね。
 その日、手術室に入った私の目の前にあったのは、木槌でございました。――それはもう、懐かしき中学時代、技術の時間に使っていた木槌そのままに見えました。大きさも、色も、ツヤも。しかし、それは、メスと同じく滅菌された滅菌木槌なのでございます。
 そして、さらに私は見ました。木槌の隣にあったのはのみ。そう、滅菌のみ。
 大工道具が並ぶ手術室――それが、整形外科(の一部)の手術でございます。

 その日、ワタクシは手洗い担当でございました。担当の患者さんではなかったので、特に手洗いをする必要はなかったのですが、ワタクシは大の手術好きでございましたから、学生の担当が居ないときは、率先して手洗いをしていたのでございます。<臓器を眺めるのが好きだった人(アブナイわ;)
 患者さんは、若い女の子で、膝下のあたりの骨が変な形に増殖して小さな突起になっているので、それを削る手術でございました。
 ルンルンで手洗いを終えたワタクシは手袋をはめ、既に消毒も終わりまさに手術が始まろうとしている現場にもぐり込んだのでございます。

Dr.A「あ、学生さん。こうね、こう……(と言いつつ、滅菌された棒の先で少女の皮膚に線を描く)」
 私「はい?」
Dr.A「いま示した線のあたり、切って。一気にね、景気良く」
 私「は?」
Dr.A「ほら、看護婦さんに指示出して!」
 私「え、あ…メス?」

 心底嫌そうな顔をしている看護婦さん(そう、看護婦さんは真面目な方が多いので、ドクターが学生にいろいろやらせようとすると、たまにヤな顔をなさいます)からメスをいただくと、えいやとばかりに棒が描いた線の辺りをメスで切ります。このとき、できるだけメスの腹を使い、さっくり一気に切るのが重要です。

Dr.A「はい、OK。あとは僕がやるからね〜」

 そう。切るだけ;
 ワタクシが切った切開線を利用しながら、ドクターが手早く深く広げて、骨の出っ張りを露出させます。そして、再び縫合したときに出っ張りがなくなるように十分に吟味して骨をかくラインを決めます。

Dr.A「のみと木槌!」

 そう。ここでのみと木槌は登場するのでございます。骨にノミで欠くラインをコンコンとつけて、あとはひたすらコツコツコンコンと木工作業を行います。

Dr.A「はい、じゃぁ、このラインに沿って、ノミ使ってみようか」
 私「はぁ…;」

 ワタクシは技術がたいへん得意でございました。家庭科は5段階評価で4でしたが、技術は5でした。今でも組み立て家具のほとんどはワタクシが自分で組み立てています。(螺子があると、ドライバーで回したくなるのですね;)
 ワタクシは嬉々としてのみを構え、木槌でコツコツコンコン叩いたのでございます。
 骨を欠き終え、皮膚を縫い終えた後の爽快感は、手術終了の爽快感というよりは、どこか日曜大工の一仕事を終えた後のような、いつも以上に充実した感覚だったのでございます。

 さて、関節鏡検査というものがございます。これは、関節内に小さなカメラを入れて中をみるようなものだと思ってください。中身を良く観察するために、関節鏡の検査の際には生理食塩水を流しながら観察したりします。ですから、関節鏡検査の部屋には、ぎょっとするほどの生理食塩水のボトルが並んでいます。
 通常、手術室には、手洗いをした器具を出す係の看護婦さん(器械出し)と、外側で足りない器具を用意したり記録をつけたりする看護婦さん(外回り)がいらっしゃいますが、関節鏡検査の時には、この外回りの看護婦さんがてんてこまいです。
 記録を付けつつ、足りない器具を出しつつ、定期的に生理食塩水を吊り下げられたガラス器具(生理食塩水はじゃんじゃん減る;)に継ぎ足す――はっきり言って、間に合いません。
 ワタクシは最初は関節鏡のようすを眺めていたのですが、そのうちに外回りの看護婦さんが器具を取りに部屋を出てしまいました。刻々減る生理食塩水。もう、ガラス器具の残りメモリはひとつ。手洗いをしていないのは学生だけという状況であっては、もう、腹をくくるより仕方ありません;
 ワタクシと友人Aは目を見交わしました。
 二人同時に生理食塩水のボトルをしっかと掴むと、上部の蓋を千切り、ちょいと僅かに中身を捨てて(こうすると、蓋のところの雑菌もあまり気になりません)ガラス器具に移し変えました。入れても入れてもなくなっていく生理食塩水、延々と継ぎ足すワタクシたち。――結局、外回りの看護婦さんが帰ってきても、生理食塩水を継ぎ足す係はワタクシたちのものになりました。
 そんなわけで、ほとんど検査状態を見学することなく、ワタクシたちはガラス器具のメモリだけを見学して、その手術の実習を終えたのでした。
 見学する手術の選択によっては、そんなこともあるのでございます。