任侠の謎
一週間のお休みのはずが、二週間のお休みになってしまいました。体力って、限界があるんですね。人間って、老いるんですね(涙)←状況を察しましょう。
さて、本日からの謎は、仁侠の謎―― 一般外科のお話でございます。謎も残すところ、消化器内科・内分泌内科・神経内科・精神科・麻酔科・放射線科・検査部・耳鼻科・整形外科とこの一般外科――あら? まだまだたくさんありましたね(笑) 忘れているものもあるような、ないような。一年くらいで終了する予定の週刊「医学生の謎」だったんですが、脱線している間になんだか長くなってしまったようです。
閑話休題。今週の謎にまいりましょう。
病院にはたくさんの患者さんがいます。赤ちゃんからお年寄りまで。男性からホニャララから女性まで。偉い人から普通の人まで。お金持ちから、子沢山から、交友関係の広い人から、多種多様な患者さんがいらっしゃいます。性格も、大人しくて優しくて、学生にアイスをおごってくださるようなおばあさんから、ちょっとしたガーゼ交換や清拭まで医師にやってもらわないと不機嫌になる人までいらっしゃいます。でも、医師もさすがに清拭までやる時間の余裕はございません。そういう時は学生がやるのでございます。なぁに、普通にしていれば、ばれません。だって、「先生」って呼ばれていますし、着ているものは白衣ですし、まだ生まれてはいませんが、一応「医者」という殻に入った「卵」でございますからね。嘘も方便でございます。
そんな多種多様な患者さんのなかに、その方――A氏はいらっしゃったのでございます。見舞い客もほとんど来ない、手術の説明のときにだけ組の兄貴分が来てくれた、本当に孤独な孤独な方でございました。入院用の浴衣の裾が乱れると、太腿にまで描いてある刺青が見え、それを人の目に触れないように必死で隠していた、そういう孤独な人でした。
さて、私の大学では一般外科と呼ばれているものは、おおよそ消化器外科とイコールでございました。食道・胃・腸・肝胆膵――ま、そんな感じです。あと、乳癌もやっておられましたかね。外科でございますから、もちろん、手術目的の方が入院されています。悪性腫瘍と、胆石とか、膵炎の方も入院していらっしゃいましたか。私の担当は肝癌の方で、繰り返し発生する癌を、早期に見つけてはさまざまな方法で治療している方でした。肝癌の治療は内科でも行います。ブスッと針を刺してアルコールで細胞を殺したりとか、血管内にカテーテルを入れて薬を撒き、血管にスポンジを詰めて栄養血管を潰したりとか、そういうことは内科でも出来るんです。ですが、その方の場合、肋骨に隠れてしまうような場所に出来てしまい、麻酔管理状態で呼吸を一時停止させながら治療する必要があったので、外科転科となったのでございます。
その方は、超ラブリーなおじいちゃまでございました。いつもニコニコと笑っていらっしゃる福顔、びっくりするほどの福耳、来ているセーターはいつも奥様の手編みで、痛い検査も繰り返される癌の治療も、辛くないはずがないのに、いつも笑っておられました。最初にドクターから紹介していただいたときも、満面の笑顔で、励ましの言葉をいただいちゃって、もう、毎日病棟に行くのが楽しくて楽しくてしょうがなかったのでございます。(患者さんとの相性が良くないと、実習に行きたくなくなるんですよね。そりゃま、お勉強なのでもちろん我慢してオベンキョしますケド)
そんな担当患者さんとは正反対の方がA氏でした。
不機嫌な顔、つっけんどんな態度、点滴棒を押して喫煙所でタバコを吸っている姿をよく見ておりました。(手術前はタバコは良くないのです。術後に痰がでて、辛いのは患者さんですし)
実習2日目、ドクターに金魚のフンで病棟を回診していたときのこと。(ちなみに、私は肝胆膵グループ、他に食道胃腸グループと乳癌グループに分かれておりました)A氏の診察を終えたドクターが、学生に向かってこう言ったのです。
Dr.「Aさんは、お腹の腫瘤がよく触れるから、触らせてもらいなさい。Aさん、お勉強させてあげてね」
トップバッターは私でした。――そう、私は実技の場合、第一打席に立つことが多く、発表の場合はアンカーになることが多かったのでした。なぜなら、多くのドクターが男性なので、女の子が実技をするときには懇切丁寧に教えてくれ、女の子の発表の後は機嫌が良くなって、さっぱり発表を終わらせてくれるからでございます。
私は、手をこすり合わせて温めてから(冷たい手で患者さんに触れてはいけません。冷たいと、びっくりするからね)A氏のお腹に手を当てました。
私「痛くないですか?」
突然、A氏は私の手を掴み、自分のお腹の腫瘤の上に持っていくと、ぎゅうっと押し付けました。
A氏「ここです。分かるでしょう? ここです。ここなんです。押しても痛くはありません。でも、ずっと、全身がだるくて、痛くて、ご飯も水も口に出来ないんです」
それは、小さな声でしたが、叫びのように思えました。私はAさんの気が済むまで、ずっと、お腹の中のその塊に触れ、さすっていました。1分以上、Aさんは私の手を握って、じっとお腹の腫瘤に押し当てていました。
私は、A氏を誤解していたようでした。考えてみれば、どうして体がきつくてたまらないときにニコニコできますでしょうか。ニコニコしている患者さんは、ニコニコしていることが一番の励みになるからしているのであって、ニコニコしていない患者さんは、ニコニコできない状況だからニコニコしていないわけで。
その後、ナースステーションに帰った私たち学生は、そっとA氏のカルテを開きました。
A氏は膵癌の末期でした。
予定されている手術は、最期に少しでも口からものを食べられるようにするためと、癌の痛みをとるためのもので、膵癌を完全に治療するのが目的ではありませんでした。
その日の夕暮れは切なくて、とっぷりと日の暮れた後、学生全員で病院近くの居酒屋に行き、全員で食材に「いただきます」をして、しこたま呑んで帰りました。
切ない夜も、あるのでございます。
任侠の謎 第2週
大抵の科には「カンファレンスルーム」というのがございます。外科系では、カンファレンスの時間に症例を提示して術式の確認を行ったりするためにも使用されますし、研修医の方の憩いの場所(医局には偉い先生方がひしめいているため、研修医のドクターたちは大抵カンファルームでお仕事していましたね)であったり、ドクターの喫煙所だったりします。学生がお勉強に勤しむのも、このお部屋を使わせていただいておりました。
ある日、ナースステーションからカルテを借りてきて(看護婦さんにカルテの所在場所のメモを渡しておけば、数時間なら借りることが出来たんですね)ガチャリとドアをあけると、Dr.Aが細い折りたたみ式の会議などでよく使用される机の上で、胸の上で手を組んで死んでいました。――じゃなくて、寝ていました。
寝返りしたら落ちるなぁ――と思って見ていたら、突然カッと瞳を開け、ガバッと起き上がると、腕時計を見て、私に向かって宣言しました。
Dr.A「4時20分!」
そして、再び彼は死にました……。
現在、時刻は4時18分。意味不明でございます。
2分後、おそるおそる私は声をかけてみました。彼は腕時計を確認し、「よし!」と一言掛け声をかけると、さっそうと病棟へ帰っていかれました。たぶん、「4時20分」とは、4時20分になったら起こして――という意味だったんでしょうが、省略しすぎでございます。
外科系はこのように、大概、体育会系的でございます。
さて、担当患者さんの手術の日になりました。
私には一つ、懸念がございました。実は、当時ワタクシには年上のカレシというものがおりましてそれが、麻酔科なんかにおりまして、もしかしたら担当患者さんの麻酔担当になるかもしれなかったのでございます。学生や研修医は(当然)みんな知っておりましたけれども、周囲に要らぬ気を使わせぬよう、手術室の看護婦さんに苛められぬよう(笑)、隠しておくのが女子学生の心得でございます。
そして、着替えて入った先にいた麻酔科医は……。
やっぱりアンタか!
目の前でソイツが患者さんの背中に針を刺しておりました……(^^;
麻酔が終わると、すぐに手術をはじめるため、ドンドンドクター達も集まっております。担当患者さんの手術には、学生も手洗いをして術野に入るのが普通ですが、今回はエコーを使いながらの手術なので、ワタクシは術野には入らず周りから見学です。
そんなときのことでございました。
Dr.B「なぁ、風間はここ(の病院)に残るんか?」
私「はい。一応残るつもりで居ます」
Dr.C「え、そうなの? 残るの?」
Dr.B「女子学生が残るっちゅうたら、あれや。男やろ! どこの科や、一年目か?」
私「……」
Dr.B「そうか、一年目か。お前が不細工とくっつわけないからなぁ……。限られてくるなぁ。そんでも、うちの科は違うやろ? 泌尿器か? 内科か!?」
私「……(なんでこんなことに)」
そう、私のカレは、目の前で針刺しの真っ最中なのでございます。
私「今は言えません……」
Dr.B「ええと、婦人科は女ばっかりやったし。麻酔科にも2人ほど一年目がおったなぁ……」
私「だから今は言えませんってば!」
Dr.B「まさか……」
針刺し真っ最中の奴を指差すDr.B。だから今は言えねぇって繰り返したべ! と思っているワタクシ。
Dr.B「分かった。みなまで言うな。そうか、そうだったのか。よし、今度一緒に飲むぞ。奴も連れて来い!」
だから、どうしてそうなるかな、この人は……;
外科系はこのように、大概、体育会系的でございます。
その夜のこと、たまたま手があいていた研修医のドクター達(そのうちの一人は部活の先輩で、飲み明かしたことのある仲でございます)に夕飯をご馳走していただき、楽しくビールジョッキを空け、焼き鳥をついばみ、ラーメンをすすって帰り際。
研修医「さぁ、帰って仕事の続きをするよ。画像の説明もしてあげるからね」
先生。もう、12時過ぎてるんですが、そのお仕事にはやっぱりワタクシもお付き合いするのでございましょうか。そうですか、やっぱりするんですね(涙)
外科系はこのように、大概、体育会系的なのでございます。
任侠の謎 第3週
外科の実習時間の多くは手術を見ることに費やされます。一日中手術室に出たり入ったり出たり入ったりしながら、見学するわけですが、その大半の時間は外科医の背中を眺める時間になります。――術野は足台がないと見えないのでございます。手洗いをして術野に入ったときも、あまり見えません。ただし、術野に研修医が助手として入っているときには、学生にはもう一つの仕事がございます。ハードな毎日で疲れきった研修医は睡眠不足から手術中に舟を漕ぐ場合があるので舟を漕ぎ始めた体を体を張って支え、なるべく長くかつ安全に寝かせてやることでございます。(あんまりひどいと上の先生が研修医を休ませるので、患者さんに被害はありませぬ)
また、麻酔科医が知り合いの場合、麻酔科医の場所――頭頚部以外の大抵の手術では患者さんの頭側――から覗かせていただいたりもします。もちろん、麻酔科医が「見てもいいよう」と言ってくれた時間に限るので、邪魔になると退けと言われます。ちょっと悲しいです。
手術嫌いの人は、たいてい壁際でぼんやりしているのが常ですが、ワタクシは大の手術好きでございましたので、足台を見やすい場所に移動させつつ、楽しく手術見学しておりました。
そして、その日はA氏の手術の日でございました。
私が手術室に入ったとき、A氏は既に手術台に横たわっていました。手術の種類によって違いますが、術中後の鎮痛のため、背中に針を刺して鎮痛剤を入れることがあります。A氏は横向きになり、背中を丸めて刺されるのを待っていました。
背中一面、わき腹まで刺青がありました。観音さまの刺青でした。――輪郭が黒く縁取られ、その中に僅かに赤い色が入っているだけで、ほとんど色の入っていない未完成の刺青でした。
担当学生がついていない患者さんだったので、私が手洗いして術野に入ることになり、私は手洗い場へ去りました。
手洗いを終えてガウンを着せてもらい、手袋を装着して術野に入ると、既に手術の準備は終わり、術者がメスを握っていました。
Dr.A「さっき、背中に針刺している時な、初めて刺青全部みせてもろたわ」
Dr.B「いつも、必死に隠してますからね」
Dr.A「刺青いれとんのに、感染症もなにもない。綺麗なもんや」
Dr.C「BもCも(肝炎のことである)なしですか、刺青ある人では珍しいですね」
Dr.A「せっかくの刺青やから、傷が絵にかからんようにせんとな」
Dr.B「綺麗な絵なのにもったいないですからね」
Dr.A「でも、この絵に色が全部入ることはないんやろな……」
根治手術(切除可能な癌を治癒目的で十分な範囲で切除する治療)できたものでも、5年生存率は10%というシビアな現実が膵癌にはあります。A氏のように既に根治術が不可能な方の予後がいいわけがないのです。
私はA氏の背中の観音さまの絵を思い出しました。亡くなるまでの間にその絵が完成することがないのだと思うと、奇妙なほど切ない気持ちがしました。
A氏のお腹の中は、癌が膨れ上がり、多くのリンパ節に転移ししていました。腹部の痛みを抑えるための処置をして、手術は驚くほど早く終わりました。
私はすぐに別の手術の見学に入り、次にA氏と会ったのは、翌日の回診の時でした。
A氏「煙草――吸いたい」
Dr.A「歩けるようになったら、吸いに行ってええよ」
A氏「本当? 看護婦さんはダメだって」
Dr.A「喫煙所まで行くのが運動にもなるしな。こっそり行けばばれんやろ」
術後の体に煙草があまりよくないのは分かりきったことでございます。ですが、A氏に煙草を我慢させることに意味があるとは、私も思えませんでした。
回診を終えた後、Dr.Aはこっそり私に言いました。
Dr.A「あのな、我慢させることが医者の仕事とちゃうんやで」
私「……」
Dr.A「あんな状態の人に我慢させちゃあかんのや。覚えとくんやで、一番大事なのは『明日は何しよう』って考えさせることやねん」
私「Aさんが『明日も煙草吸いに行こう』って、思うことですか」
Dr.A「そう。医者が頭固いのはあかんのやで」
それからしばらく、他科の実習中もA氏が喫煙所で煙草をふかしているのを何度か見ました。けれど、ふと気がついたとき、もうA氏の姿を見ることはありませんでした。