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 医学生の謎
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これはある医学生の赤裸々な回顧録である――と思いマス。
 

お昼ごはんの謎

 病院実習中のお昼ご飯は、コンビニに買いにいくか、そうでなければ病院食堂か学生食堂(医学部付属病院なので、病院の隣に大学があるのだね)で食べます。学生食堂のご飯がメンタマ飛び出るぐらい美味しくはないのは、この世のセオリーのような気もいたしますが、ワタクシの学校も例に漏れず、安い・早いが売りでございました。
 ――というのが、お昼ご飯の謎というわけではございません。本日は、内科のお話をいたします。内科は3つに分かれておりましたが、そのうちの心臓や肺などを中心に扱う内科についてのお話でございます。

 近所のお医者さんの多くが内科の先生であるように、内科の医師はかなりの数がいらっしゃいます。ですから、病院実習で教授回診などが行われますと、まさに大名行列、個室なんて入れないので、廊下で待ちぼうけの先生が出るほど。その先頭をのっしのっしとお歩きになるのが教授でございまして、一応お勉強させていただいておりますワタクシ学生たちは、ドクターの波に飲み込まれて病室に入れないと「勉強する意思があるのか〜」と怒られるので、必死で掻き分けつつ、何とか病室に滑り込むのでございます。もちろん、ドクターもその辺は分かってくださっているので、なんとか入り込む隙間を確保したり、教授の目に入る位置に引っ張り出してくださったりするのです。(もちろん、たまに滑り込めない時があるのですが、そのときは慌てず騒がす、隠れているのです。運がよければ見つかりません)
 そんな感じの内科の実習ですが、実習内容自体はあまり代わり映えいたしません。
 担当の患者さんの問診と、患者さんの各種検査へのイソギンチャク――じゃなくて腰ぎんちゃく、患者さんの状態の簡単なプレゼンテーション、内科で必要とされる各種検査(この課では肺機能を見る検査と心電図、そして心エコー)を学生同士でやって学ぶこと、外来の実習にも参加して、初診患者さんの問診を取ったり、診察の見学をさせていただきます。

 実はワタクシ、この実習の1年半前にその内科に入院していたことがあり、心臓に病的でない逆流が――心臓には弁がございまして、この弁が逆流しないように頑張っているのですが、弁の異常などで逆流することもあります。ワタクシの場合はその逆流の量や場所が病的範囲に入っていないので、病気ではないのです――あることが分かっていたのでございますが、そんなことを言うと、心エコーで上着を剥かれるのでやめておきました。さすがに胸を見せるのは……ねぇ;
 考えてみれば、同じ実習グループの殿方たちには、寝起きの間抜け面も、鼻の穴も耳の穴も、臍も目の中も尿も、生理の血も見られておりますが、ワタクシも鼻の穴も耳の穴も臍も目の中も尿も精液も見ているので、おあいこなのででございます。

 閑話休題――そういう一見なんの変わりもない実習ですが、この内科には他にはない一つの特徴がございました。それはお昼ご飯、2週目の火曜日(だったかな)のお昼に、教授のお部屋で会食会。お食事は必ず病院食堂のカレーの出前。いつもカレー、どのグループもカレー。カツカレーもあるけど、会食メニューは普通のカレー、しかも普通盛りなのでいつも大盛りを食べる友人Aは寂しそう。
 こっそり知り合いの内科の先生に「教授ってそんなにカレーばっかりで飽きないんですかね?」とお聞きしたら、「会食じゃないときもカレー食べてるよ」と言われてびっくりでございあます。そんなに好きなのか、カレー。
 カレーであることも、栄養の面では問題がある(なにせ、サラダもつけてくれない)のですが、それ以上に教授が突然お怒りになることがあるのが大問題でございます。前のグループの話では「本を読んでない」ということでお怒りになったそう。確かに、教養は大切ですものね。でも、読んでないものはしょうがないだろうという気がしなくもありません。教養は読書だけじゃないわけですしね。参ったなぁ――と思いつつも、おっかなびっくり会食に望んだのでございます。

 当日、昼、教授のお部屋の前に立ったとき、そこに漂う香りを嗅いだ瞬間に、「もしかして万が一にも違うメニューかも」というワタクシたちの願いは消えました。紛れもなくカレーの香りがしておりました。
 教授を囲んで席に座ると、最初は黙々と食べ、そのうちに実習は楽しいかとか、グループの仲は良いかというような普通の質問が交わされます。愛嬌のある笑顔が定評の友人Aは必死に笑顔で応えます。そして運命の質問タイムが始まりました。本に関する質問の応えはワタクシの受け持ちパートでございます。

教授「『失楽園』は知っているかね?」
 私「ミルトンのですか?」
教授「ほほう、よく知っているね。そっちじゃなくて、渡辺淳一の『失楽園』だよ。今、人気だろう?」←こういう時代のことだった
 私「はい」
教授「単行本で読んだのかね? 映画かね?」
 私「いえ、紙面で」(『失楽園』は日経新聞で連載されており、当時、私は日経を購読していた)
教授「……」(目の前のポヤヨンとした女学生が日経を読んでいるとは思わなかったらしい)

教授「最近、読んだ本はあるかね?」
 私「はい」
教授「ほほぅ、何を読んだのかね?」
 私「ニーチェの『ツァラトストラかく語りき』を。今、下巻ですけど」
教授「……」(目の前のポヤヨンとした女学生がそんなものを読んでいるとは思わなかったらしい)
教授「そ、それはすごいね」

 質問タイム終了。
 その後も何気ない会話だけが続き、完全に毒気を抜かれた教授殿は怒る気配も見せなかった。吾 勝利ス。(いつから勝負になったのだろう;)
 先手必勝。学生実習は、ある種、サバイバルでもございます。