女性の謎
産科の実習が怒涛のように終了すると、今度はメンバーを入れ替えて婦人科の実習になります。産科と同じように、1週間くっつき虫になる先生を決められて、外来も手術もその先生にくっついて行動します。それ以外に、時々、全員で学ぶ場所も与えられます。
つまり、教育熱心でまじめな先生に当たると、とても有意義で遊ぶ暇のない実習を送ることができ、あまり教育熱心ではなく、アバウトな性格の先生に当たると、自分で好きなことが(婦人科の勉強だろうが、社会勉強だろうが)学べる実習になるわけです。初日は、先生の選定が行われますから、ちょっと緊張します。でもまぁ、どんな先生に当たっても運なのでしょうがないわけです。
――ですが、私には問題がありました。
婦人科は比較的女医の先生が多い科です。そして、男性のおじさまドクターが若い女の子に弱いように、女性の先生の中には同性に厳しく異性に甘い先生もいらっしゃるわけです。(逆に、女の子の方が可愛いし、気を使わなくていいし、コスメやファッションの話ができるから好きだという女性の先生もいらっしゃるので、女性の先生相手だと男の子が常に有利だというわけでもありませぬ)――そう、そこには存在したのです。男の子相手だと超絶甘いけれど、女の子相手だと超絶厳しい麗しい女医サマサマが!(T-T)
念仏を唱える勢いで、私は祈っておりました。外来は午後の診療(別の先生に)ギリギリまでお手伝いさせられ、午後は全員でのレクチャーを受ける(当然、その先生はお昼ご飯が食べられるけれど、学生は食べられなかったりする)ハメになんてなりたくありません(涙)
運命の瞬間はすぐでした。張り出された紙に書かれていた名は……。
よかった。彼女じゃない! 彼女じゃないならどの先生でもいいって!
彼女には、プリティなナイスガイの友人Aが当たりましたが、外見もプリティ、性格もプリティな彼が彼女を魅了しないわけがないのです。加えて自由時間を作り出す天賦の才能を持った友人Aに、向かうところ敵なし。無敵状態のゲームキャラのような状態でクリティカルヒットを出しまくり、豊かに自由に、一番自由を楽しんでいたのが彼でございました。
さて、私は自分の担当ドクターを探します。探します。探します。……いません;
私「あの、○○先生は今日はいらっしゃらないんですか?」
看護婦「あ、いらっしゃると思うんですけど、いつも用事がないときには見かけない先生なので」
私「そうですか……」
Dr.A「学生さん、○○先生はたぶん、午前中はつかまらないと思うから、とりあえず自習ってことでいいよ」
しょっぱなから自由時間獲得。――と言っても、家に帰るには半端なので、図書館で豊かな読書生活を楽しんで待つ。お昼ご飯は優雅に、病院の食堂なんかじゃなくて、近所の定食屋さんに行ってみたりなんかして(うふ)
魂の洗濯をして、午後になり、再度ドクター探しの旅に出ます。
私「あの、○○先生は今日はいらっしゃらないんですか?」
看護婦「さぁ」
私「そうですか……」
Dr.B「学生さん、○○先生はたぶん、今日はつかまらないと思うから、とりあえず自習ってことでいいよ」
……つまりそれは、何にもしなくていいってことですか? 今日私が学校に来たことの意味は何ですか? 喜びというより、密かな悲しみに似た、新品のスカートに泥水がはねてしまったときのような、なんとなく物悲しい、切ない感じ。
他のメンバーの羨望のまなざしを浴びながら、一人寂しく、こうなることがわかっていれば、とっとと家に帰って洗濯でもしていたのにと心に中でつぶやき、私の一日が終わったのでした。
――そう、私のその悲しみは正しかったのです。なぜなら、期間とやることが決定されている状態で、物事が一日先送りになるということは、今後のスケジュールに無理がくることと同義であったからです。明日やれることを今日のうちにやれるなら、今日のうちにやっておくべきなんです。(T-T)
翌日は手術見学日。そして、私の悲しみが始まったのは、既に実習の半ばにさしかかったときでございました。
女性の謎 第2週
探せど探せど見つからなかった担当の先生は、ある日ひょっこり現れました。担当患者さんのカルテを閲覧していたときに、不意にその先生は現れたのです。
担当医師「ええっと、僕の学生さんっている?」
私「はい……(この先生って、こんな顔してたんだ)」
担当医師「レポートにまとめてもらう事を説明するから、こっち来て」
私「はい」
胸ポケットからメモ帳を出し、3色ボールペンの芯を出しながら近づいてみます。(このボールペンは製薬会社さんがくれる粗品で、薬の名前などがドデデーンと書いてあったりする。実習中はよくボールペンを無くしてしまうのだが、これなら心が痛まない。無くしたときのために、最低2本はポケットにさしておくものである。最近の首にかけるタイプの携帯ストラップなどを利用しておくと、無くすこともないだろうが、当時はそういうことには興味がなかった)
担当医師「ええっと、コレとコレとコレとコレをまとめてもらって――」
私「(4つも……!)」
担当医師「そんで、担当患者さんの疾患についてまとめてもらって――」
私「(まだあるのか……!)」
担当医師「そんで、僕、金曜日はちょっと用事があって大学に来れないから、木曜日の夕方に提出して」
私「(木曜日……って、明日ジャン!)」
無理でありまする。いや、無理ではないかもしれないが、気分的には無理でありまする。月曜日から取り組んでいるなら何の無理もなかったでありましょう。でも、できれば無理でありたいのでありまする。
だって、そのときはたまたま、その日に(試験の前だけの)臨時の家庭教師のバイトを2時間枠で入れてたし。その後に、ちょっと飲み会の予定を入れてたし。チャットの予定まで入れてたし。(いや、もちろん、家庭教師以外はお断りの連絡を入れればよいのだが、どちらも自分が扇動した予定だったので、お断りするのは気が引けた)
私は、勇気を出すことにいたしました。この先生に嫌われたって、産科のほうではかなりの好印象を残していたハズ(看護婦さんウケも良かったし、「真面目だよね〜。偉いね〜」と褒められるくらい外面が良かったのだ)なので、産婦人科としてトータルで見れば、婦人科で多少悪い点でも(たぶん)大丈夫なはず。
私「先生――……。無理です!」
担当医師「あ、やっぱりそうか〜」
私「(そりゃ、そうだろ;)」
担当医師「じゃ、いいや。担当患者さんのレポートだけ出してくれれば」
私「本当ですか!?」
担当医師「うん。だって、僕、学生さん持つの面倒くさくてヤだったし」
私「……(ほ〜う、そうかい、そりゃ悪かったね。アタシだって好きで先生についたんじゃないっての! T-T)」
印象激悪
でもまぁ、レポートに関しては、グループメンバーと比較してもかなり条件がよろしいので、現在の気分を加味しないならば、それなりに楽な実習と申せましょう。(楽な実習が、実りある実習と比例しないのは、周知の事実ですが、世の中には楽じゃなくて実りもない場合がありますので、まぁ、片方だけでも獲得できただけで良かったのだとも考えられます)
最悪の出会いでございましたが、その先生は手術(特に形成外科に関する分野)でかなり手技が上手な先生でしたので、手術見学は楽しめました。チックリチックリ、傷口が分からないように丁寧に皮膚を縫いながら、「若い女の子だからね〜、ビキニ着ても気にならないように綺麗に綺麗に縫いましょうね〜♪」と半分歌いながらの手技は、形成分野の知識があまりなかった私にとっては新鮮!
だから、まぁ、良しとしましょう。この場合。
さて、婦人科でございますから、当然、外来の見学もさせていただきます。ですが、多くは中年までの女性の患者さんで、しかも診療部位が部位なだけに、学生に関してはかなりの制約が設けられます。
私語禁止。見学を許されない患者さんの診察の見学禁止。大きな物音禁止。態度は紳士に、かつ真摯に。歯を見せて笑わない。←こういう場合の笑顔を不快だと感じる方もいるのだ。
最初の問診を担当させていただいたりしたながら、コツコツと外来診療見学をこなしていたとき、一人の女性があらわれました。若い、少し発音に異国の匂いの漂う可愛らしい方で、事実、中国から来ている人だったようであります。
生理じゃないのに出血する――というのが、彼女の受診理由でございましたが、次に彼女の口から出た言葉に、学生一同、わが耳を疑いました。
「えっと、中国の友達から薬局で堕胎薬を買って送ってもらって、それを飲んだんですけど……」
堕胎薬って言ったか? 送ってもらったって言ったか? そんなの簡単に手に入れて送れるものなのか?(現在、中国の病院では、堕胎薬の処方には厳しい制約があり、処方できる病院も限られているらしい。でも、その当時どうだったのかは、知らない)
外来の先生も目が点になりながら、思わずオウム返しに「堕胎薬ぅ〜?」
彼女が、これなんですけど――と言いながら取り出した薬は、2種類の薬で、外見はその辺に転がっている薬と大差ありませんでした。
これを聞いた上の先生はカンカン。必死で冷静な顔をしながら、厳しい口調で彼女を叱る、叱る……。もちろん、いろんな理由で堕胎を選ばざるを得ない場合はありますが、彼女の様子は、どう贔屓目に見ても、深く考えた後の行動のようではなかったのです。(悪くすれば自分の体だって、危険な行為ですしね)
それが、外来で患者さんを叱り飛ばす姿を初めて見た瞬間でした。
その後、実習グループのメンバーと、つるんで学生の溜まり場へ足を運んだとき、メンバー全員の口から同時に出た言葉は
「マジかよ、すっげえな、中国! さすが4000年の歴史!」(何が ^^;)
まさしく、驚愕の新事実に出会ったワタクシたちでございました。