人体の謎
「基礎医学」と言われてもよく分らないけれど、医学の基礎なんだなということは字面からお分りいただけるでしょう。大抵の医学部では「一般教養」「基礎医学」「臨床医学」を机で学びます。臨床医学は内科とか外科とか皮膚科とか眼科とか、そのまんま病院の科の名前になるような奴です。
基礎医学には、組織学・神経解剖学・骨学・肉眼解剖学・微生物学・免疫学・発生学・生化学・生理学・病理学・保健学・薬理学・寄生虫学・法医学などがあります。それを2年生と3年生の時に勉強します。この辺は大学ごとのカリキュラムの違いで色々だと思いますけれどもね。
今まで、たいした苦労もなくのんべんだらりと授業をきいていればよかったのですが、これからは違います。ある意味、自分たちが将来なりたいと願っている職業にダイレクトに繋がる知識です。気合が入ります。――が、そのうち慣れます。気合より気負いという言葉の方が大きい印象があった入門時代(進級直後)から、臨機応変の修行時代(GWボケ)に入るのでございます。
基礎医学の学習中で、けして忘れらないものがあります。それは骨学と肉眼解剖学、そして組織学・神経解剖学・生理学の実験・寄生虫学・法医学・保健学実習です。これかの中から、「人体の謎」では人体に関する学問(骨学・肉眼解剖学・組織学・神経解剖学)についてのお話をしていく事にいたしましょう。
初めて骨学の実習のための部屋に入ったのは、まだ夏の兆しも見えない季節だったと思います。数時間のラテン語による骨の名前の授業を終えて、これから実際の骨を観察し、スケッチし、実際に関節の動きを手の中で確かめる実習が始まります。
部屋に入ると、銀色のテーブルの上にマットが敷かれ、木箱が置かれていました。4人グループになり、これから実習をはじめるのです。
まず最初に教授から注意事項が申し渡されます。『薄くて割れやすい骨もあるので注意して扱う事・小さな骨はなくさないようにすること・破損した場合は申し出る事・特に頭蓋骨は壊れやすいので持ち歩いたりしない事』――その後、小さく微笑まれてこうおっしゃいました。『あなた方の勉強の為に、ご自身の骨を使わせてくださっている方が居るということを忘れないで下さいね』
そのときまで、不覚にも私たちは気が付いていませんでした。ずらりと30個ほど並んだ木箱全部に本当の人の骨が入っているのだという事実に。高校の理科準備室にあった骨模型も、中学の人体模型も、プラスチックの作り物でした。――が、これは違うのです。
『まず、学んできた事の確認のために、頭から骨を全部並べてください。肋骨にいたるまで全部、間違わないように並べたら教師を呼んで確認してもらってください』
そっと木箱を開けると、目の前に唐突に頭蓋骨の天辺が見えました。
実習仲間ととりあえず骨を出してみる事にします。脊柱や手足の骨はバラバラにならないようにテグスで繋いでありました。ちょっとほっとします。だって、指の骨が人差し指なのか薬指なのか判断するような事になったらどうしようと思っていましたから;
――とりあえず、分りやすい大きな部分からやろうか。
まず頭を机の一番端に置きます。そしてそこからまっすぐ脊椎骨を並べ、骨盤を形成する坐骨や腸骨を並べ、更に手足の腕を並べます。丹念に左右を確認し、相談し、並べてみて、それでもなんか違う気がして、見本である教壇近くの骨模型へと走ります。帰り道、他のグループに紛れ、間違いを指摘したりヒントを貰ったりして帰り着き、疑問に終止符を打ちます。そして大きな骨を並べ終わったあと、グループ全員の手が止まりました。
肋骨の上下左右の見分け方は? っていうか、第二肋骨と第三肋骨の違いって何!?
答え:肋骨自体の大きさと彎曲の大きさの違いで左右と順番を、そして肋骨の厚みの違いで上下の向きを判断します
とりあえず上下の向きを確定し、左右の組に分けました。そして大きさと形などをヒントに順番を考えてきます。
友人A:「この肋骨とこの肋骨の違いは?」(両手に非常に似た形の肋骨を持っている)
友人B:「……左の方が曲がり方が少ない?」
友人A:「そうかな」
友人C:「そうとも言い切れんなぁ…」
結局その後3分間ほど全員で見つめつづけ、挫折。多分こっちが順番的に下だろうという予想だけで並べる事に。出来上がって教師を呼び、判定を待ちます。
「一箇所間違いがありますね」
「何処ですか!?」
「ん〜。捜してね」(そして楽しそうに去って行く、彼)
…………(沈黙)
(――鬼!)
友人A:「やっぱり、肋骨だよなぁ;」
友人B:「肋骨でしょう」
友人A:「肋骨かぁ」
全員:(ため息)
著しくテンションを下げながら再び上から順番に肋骨を検証。しかし、間違いを捜せず挫折。何も直さないまま再び彼を呼びます。
「先生、分りません(T-T)」
「ん〜。これとね、これが順番が逆」
最初に悩んだあの肋骨でした。
「まぁ、肋骨の順番は難しいからね、仕方ないかもしれないね。じゃぁ、スケッチ初めていいよ」
――仕方ないんだったら最初から教えてくれたっていいじゃん、ケチ!(T-T)
これが解剖学の教師である彼に対する、最初の印象でございました。しかし、その後、ドンドン彼に対する疑惑は強まっていくのでございます。
人体の謎 第2週
骨学も次第に慣れてきます。スケッチも快調に飛ばし、元来絵を書くこと自体は好き(上手下手とは次元は別)なので、一生懸命描きます。すると不意に隣のグループの友人がのっそり現れたのでございます。
友人A:「なぁ、骨見せてくれ」
私:「どうしたの。なんか不都合あったの?」
友人A:「うん、うちのグループの骨、全部揃っとらんから…」
私:「えぇ!? そうなの?」
友人A:「うん。手とかね、脊椎の一部とか肋骨とか、細かいところが揃ってないんだよね。なんか、色もちょっと茶色くて、ココみたいに真っ白で綺麗じゃないんだよ」
なんだか、嫌ーな想像をしてしまい、友人と二人、心が沈みました。沈黙したまま、お互い相手がその骨がなぜ完全ではないかということについての推論を打ち立てていることは分っているのですが、あえてそれを聞こうとはしないのでございます。
その時、ふらりと解剖学教師の彼がやってきました。彼はたまに思い出したようにこうして出席をとっているのでございます。
「あれ、君は隣の班だっけ、あぁ、見せてもらってるのか…」
にやっと、彼は笑っいました。薄ら寒いものが、私と友人の心の底に流れました。
「ねぇ、どうして骨が揃ってるグループと揃ってないグループがあるか知ってる?」
(知らないよ。知ってるわけないじゃん。――っていうか、君、不気味だよT-T)
「し、知らない…です」
「知りたい?」
(君が言うと、知りたいような知りたくないような気持ちになるよ。あぁ、お願い、出席とるんだったらはやくとってどっか行って〜>_<)
「それはね…」
尋ねてもいないのに彼は嬉々として話し始めたのでございます。
「●●●●●が自殺の名所だって事は知ってるよねぇ? そこのね、身元不明のお骨をね利用させてもらってるんだよ。骨が全部揃っている標本は、インドから買った教材なんだけれど、全部そろえるのは(金銭面で)大変だったからね。だからグループによっては足りない骨があるんだよ」
あぁ、さっき骨が揃っていないと聞いた時に、瞬時にこの想像力豊かな心が想像してしまった骨の顛末とそっくりそのまま同じ話を彼がしているのでございます。想像力豊かな自分を誉めるべきなのか、それとも、彼の話と同じであった事を責めるべきなのか。しかし、どうであろうとも彼の笑顔は不気味です。(T-T)
「えぇ!? 嘘ですよね!(涙目)」
「嘘だと思う〜?」
(お願い、嘘だって言って!T-T)
彼はにやっと笑ったまま何も答えませんでした。
涙目になっている私と友人を見て、彼の心は喜びに咽んだ――(ように見えました)。彼は嬉々として言葉を続けます。
「この全部揃ってる方の骨はインド人だって言ったよね。理由がわかる?」
「――分りません」
私たちは観念していたのでございます。
もうダメだ。彼から逃れる事は出来ない。彼が満足するまで我々は彼の玩具になるしかないのだ。あぁ、早く話し終わって満足してどっかに行ってくれ!
彼は箱から頭蓋骨を取り出し、ぱっくりと口を開けさせました。
「歯がね、磨り減っているでしょう?」
確かに磨り減っています。一番奥の歯にいたっては噛み締めた時にも隙間があるんじゃないかと思うくらいに磨り減っているのです。
疑問符を頭の上にいっぱい付けたような我々に満足したのか、彼はまたにやりと笑って話し始めました。
「インド人の主食であるパンみたいな奴は、焼く時に砂が混じるんだよ。だから年をとっている人ほど歯が磨り減る。それに彼らは死体をガンジスに流すだろう? でも、国際的な取り決めで海に死体そのものを流しちゃいけない事になっているんだ」
あぁ、なるほど、確かに海に散骨するのも細かく砕いたうえに、まく場所までいろいろ決まり事があるんでしたよね。
つい、聞いてしまう。それは彼の魔力なのか。魔力なのか。魔力なのか?
「だからね、河口付近で死体は全部引き上げる。――で、その死体をどうするかというと、脱灰して、細かい部分をバラバラにならないようにして、それを輸出するわけよ、標本として」
「本当ですか!?(涙目)」
「本当だと思う〜?(ニヤリ)」
(どっちなんだよ、――っていうか、やっぱ君不気味だよT-T)
彼はにやりと笑って、出席をとりました。
「じゃぁ、スケッチ頑張ってね」
(先生、嘘なんですか、本当なんですか、どっちなんですか。めっちゃ気になります。気になりますよ、先生T-T)
友人A:「なぁ、本当だと思うか?」
私:「どっちの話が?」
友人A:「どっちも…」
私:「あんた、今度、彼が出席とりに来た時に、聞いてみれば?」
友人A:「えぇ!? 俺、ヤダよ;」
(…………沈黙)
その後、この話をしてもらうグループが続出。真実を確かめるべく勇気を振り絞った友人の話によりますと、彼はあの不気味な微笑を口元に浮かべ、こう言ったそうです。
「へぇ、君、僕の言うこと信じないんだぁ…」
世にも恐ろしい微笑だったそうでございます。
骨学は骨を並べてスケッチするだけじゃございません。もちろん、学習到達度を判断するためにテストもございます。と言っても、普通の学科のようにペーパーテストじゃございません。一人一人教師に呼ばれ、質問を受ける口頭試問形式なのです。もちろん質問は同じではありません。教師に招かれると、まず、生徒は教師がトランプのように手で扇形に広げているカードを一枚引きます、そして、それを表に返すとそこにはラテン語がポツンと表記されています。
まず、生徒はラテン語を発音し、その和訳を口にします。そして、とにかくその骨に付いて知っていることを何でもいいから話し始めるのです。
『clavicula』――鎖骨。
一端は胸骨に接し、反対側は肩峰関節の一部を形成する。胸骨端に近い下面にある窪みは肋鎖靭帯圧痕といい、肩峰関節面に近い小突起は円錐靭帯結節とと菱形靭帯線。
……――という風に、まず覚えている限りの骨の部分の名称を述べて、それぞれの関節が他にどういう骨で作られているかとか、骨についている筋肉の名前とか、とりあえず知っている限りの知識を話します。
もちろん、記憶には限りがあるので、いつかは言葉が出なくなります。すると、教師はおもむろに骨を取り上げ、関節の動きをシミュレートしてみろと言ったり、どういう動作の時にどう動くか説明しろと言ったり、取り合えずいろいろ質問してくるのです。それにとにかく必死で答えながらひたすらに『まぁ、よろしいでしょう』という言葉が出るのを待つわけです。
体にはたくさんの骨がありまして、得意分野・不得意分野、時間が足りなかった部分などもあるわけで、最初の引きが肝心です。
私の場合、引いたカードが『Os calcis』――踵骨。かかとの骨。頭の天辺から順番に勉強していた私は、名前がわかった瞬間にやべぇとおもいました。
「答えて?」
沈黙した私に答えを促す教師――。私は大きく息を吸い込みました。
「踵骨――。すいません、頭から順番に勉強していたので、間に合いませんでした。出直してきます!」
私の最初の試問は所要時間10秒でした。(T-T)
もちろん、追試験をして、次はちゃんと合格しました。この試験は合格するまで繰り返されます。延々と。
カードにはラテン語だけが書いてあるわけではありません。時々日本語でも書いてあります。
『体表から触れる骨の名前を20挙げよ』
これは比較的楽です。しかしもちろん、それぞれの骨について突っ込んだ質問をされたりもするので要注意です。――が、この問題には過去に武勇伝が残っています。
この質問を引き当てた男子生徒は、おもむろに自分の着ていたシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になり、実際に自分の体を指差しながら「鎖骨・胸骨・肋骨……」と言い始めたのです。彼は骨の名前を日本語で言っただけで他には何の質問もされずに合格。
――なぜなら教師は女性だったのです。
私達の学年には、男がそれを引き当てたらとりあえずシャツを脱げと、そういう教えが伝わっておりましたが、幸か不幸か誰も引き当てなかったのでございます。
人体の謎 第3週
骨学の授業が終わると、次に私達を待っているのは解剖学実習――つまり、篤志の方の御遺体を教科書にして、実際にお体にメスを入れさせていただき、体の各部分の構成を勉強させていただく事になります。ある意味、医学部の授業の一つの山です。
2年に進学し、「この学年で解剖学実習をやるんだよ」と言いましたら、兄が――今まで全くと言っていいほど、私に勉強の類を教えようとしなかったあの兄が――進級する春休みに私にくれたものがありました。それは、解剖セット(メスやピンセットが入っている)と人体解剖学図鑑(カラー写真の図鑑)。
他の教科のテキストは部活の後輩にあげたらしいんですが、この2つは妹に渡すつもりで持っていたんですと。サンキュー、兄ちゃん。ありがとう。
つまりは、それくらい『解剖学の実習』というのは意味が大きいものなのです。
前もって、先輩からは色々な知識を教えていただきます。
慣れてくるとサボりがちになるけれども、口頭試問(中間と終了時の2回行われます)までに、所定の課程まで解剖を進めていないとテストを受けさせてもらえないので、真面目にやっていないと夜中に解剖教室に通うハメになる――とか、最初の頃は慣れないので食事が喉を通らなくなる――とか。もちろん、始まる日程を知っている先輩方は、授業開始前までに何度もお食事に連れて行ってくださり、たらふく栄養を付けさせてくださいます。(オゴッて下さるのです。ありがたやT-T)
そして、その日は来ました。解剖用の汚れてもいいボロイ服を着て、白衣を重ね、その上にビニール製の前掛けをし、髪をまとめ帽子を被り、袖カバーをし、マスクをつけます。足元は長靴です。そして、ビニール製の手袋をして解剖セットを手に扉を開きます。
扉を開いて入っていく友人たちの足は扉を開けて一歩足を踏み入れた瞬間に止まります。そして、意を決したように前に進んでいくのです。その一瞬の間がどうしてなのか、後ろで待っている私には分りませんでした。
私は扉を開きました。骨学で骨を並べて学んだその銀色の机の上からマットは取り除かれ、銀の机の上に大きな透明なビニールに包まれた篤志の方が横になっておられました。25台以上並んだ銀の机。その上に横たわっている、篤志の方々――。私の足は無意識のうちに止まりました。一瞬、目の前の光景がよく理解できませんでした。
私は大学に入る前に外祖父を亡くしていましたが、亡くなったのはセンター試験の前日で、私は実家を出て別の地域でセンター試験を受けていたので家に帰ることが出来ず、駆けつけた時には通夜も葬式も終わっていました。その他のお葬式は、お顔を拝見するような近しい間柄の方ではなかったので、実際に亡くなった方を見つめさせていただいたことがなかったのです。
混乱した頭のまま、私は自分の机に向かいました。私の後ろで、やはり扉を開けた友人の足は一瞬止まっていました。
これまで骨学で苦楽を共にし、これから解剖実習で苦楽を共にするグループのメンバーが、既に机の前で私を待っていました。
友人A「予習した?」
私「うん、一応手順を頭に入れてきた。本のコピーも持ってきたよ」
教官が授業の開始を告げるまで、私達はただ黙って篤志の方の顔を見つめていました。よく亡くなった方のお顔を表現する時に、眠っているような安らかな顔――と表現されますが、私には篤志の方の顔が安らかなのか、微笑んでいるのか、怒っているのか、判断することが出来ませんでした。
篤志の方のお顔は生きていませんでした。何の表情も見えませんでした。
教壇に教官が立ち、これからの手順の説明をなさいます。いくつかの注意事項を厳しく言い渡されます。篤志の方に失礼なふざけ方をしたものは単位を与えない事・篤志の方のお体は実習後に柩におさめて葬儀を出されるので、僅かな欠片(髪・爪の一部)にいたるまで可能な限り失わないようにすること・常に感謝の気持ちを忘れない事――。
『ではまず、黙祷を捧げてください』
全員、無言で黙祷を捧げます。この黙祷は毎実習の開始と終了時に各自のグループ単位で行われます。しばらくすると実習自体には慣れ、冗談や日常の雑談なども実習中にできるようになりますが、篤志の方を納棺し解剖学実習が終わるその日まで、この始まりと終わりの黙祷が疎かにされることは(少なくとも私の学年では)ありませんでした。
篤志の方は全身がすっぽりと入るビニールに入れられています。これは体が乾燥しないようにするためです。篤志の方のお体は防腐液で腐敗しないように処理されていますが、それでも乾燥や表面のホルマリンが少なくなる事によって、黴が発生してしまうことがあるのです。
ビニールの一方の横を切ってビニールを取ると、そのビニールの底も切り、大きなビニールの布のようにします。これから毎実習が終わるごとに、お体に防腐液をかけ、このビニールで包む事になるのです。
『では、テキストの手順どおりに始めてください』
私達は恐る恐るメスを握りました。グループ全員で一瞬躊躇し、困ったように首をかしげ、とりあえずテキストのコピーを広げます。まだ、勇気が足りませんでした。
「やろう!」
元気付けるように言って、最初の切開線を入れたのはグループで一番年長の友人でした。
人体の謎 第4週
解剖学の実習は、既にそれを体験した先輩などは自由に見学することが出来ますが、まだ体験していない一般教養勉強中の一年生は絶対に見ることが出来ません。また、解剖実習室の扉の部分はちょうどお風呂と脱衣場のようになっていて、しかも微妙に扉の位置がずらしてあります。これは、2枚の扉が万が一同時に開いても、中の様子が見えないようにするためです。なぜ、解剖実習がそんなに厳重に行われるのか、それは、篤志の方のご家族に僅かでも不快感を与えないためであると同時に、この実習が医学生にとって大切な儀式だからです。
普通に生活していて、誰かを針で刺したりメスで切ったりすると、それは傷害です。罪です。
医療従事者は治療目的で患者さんに痛い思いをさせることが許されています。(もちろん、故意に痛くしちゃダメですヨ)それは相手が篤志の方でも一緒。亡くなった方のお体にメスを入れさせて頂くということは、医学を学んでいる人間だけに許されたことなのです。
ご遺体にメスを入れる行為は、最初のうちは非常に勇気が必要です。それは言ってみれば人間としての禁忌の一つです。
閉鎖された空間で、ひっそりとグループで力を合わせ成し遂げられる、学習という名前のついた禁忌を半年間、行いつづけるのです。
ご遺体をモノだと思わなければ最初のメスを入れることは出来ません。
けれど、モノだと必死で唱えつづけても、目の前にある人としての体の形と、各器官の中に垣間見える個人としての個性が、はっきりと頭の中でモノじゃない人間だと訴えるのです。
腕に繋がる筋肉を丹念に外して腕を取ると、その重さは人としての重さです。背中の筋肉を解剖するために体をうつ伏せにさせるとき、その体の重さは人としての重さです。
半年間、明文化さえ出来ない奇妙な幾つもの感情に引き裂かれ続けます。
時に食事を受け付けられなくなり、時に苦しくてたまらなくなり、実習室にいる事に恐怖を感じ、新たな人体の造形に目を奪われ驚嘆し、自分の見事なメスでの仕事に惚れ惚れし、必死で筋肉の名前や腱の名前を覚え、血管を触り神経を捜し、体に防腐液の匂いが染み付き周囲から臭いと言われ――。
それでも、最初に実習室の扉を開けたときのように、やはり篤志の方の体の前にくると一瞬何処を見つめればいいのか分からない気持ちになるのです。
篤志の方の体は、本当に細部に至るまで解剖させていただきます。
実際に手袋をした手で筋肉を触り、臓器の重みを知り、腱の強さや骨の重みを体で知るのです。もちろん、篤志の方の体にはその方の経験した病の傷跡が残っていたりします。
あるグループは若い時に結核を患われたのか片方の肺がなく、あるグループでは肝硬変で肝臓が変形していて、あるグループは何らかの原因で胃が切除されていました。
その度に、そのグループの友人が見学して触る事を許してくれ、そして彼らも疾患のない臓器を別のグループで見学して触って帰っていくのです。
時々は先輩が実習室にきてくれて、教えていってくれたりします。先輩は先輩で、今まで学んだ事の再確認を実体のご遺体で確認したいことがあるのです。
実習が始まって2ヶ月ほどして、突然他のグループの篤志の方が変わりました。ご家族の希望で、お葬式を出す事になったのです。頻繁にはないけれど、たまにあることなのだそうで、そのグループは今まで進めていた解剖が全部はじめからやり直しになります。
仕方がないことですが、毎時間遅くまで残っているそのグループを見ると、ちょっと可哀想で、仕方がないので休憩時間にコーヒーをおごってあげたりもしました。
実習も終盤に近づくと、朝から夕方までまるまる解剖の日なんていうことも出てきます。口頭試問を受けながら解剖を進めます。最初の頃のように食事が出来ないような状態にはなりません。
この頃になると、もう、お昼に平気で焼き肉を食べることが出来るようになっています。(はっきり言って、実習開始直後はスーパーの肉売り場が見れません。麺類が神経を思わせて食べられません。しばらくカロリーメイトだけで生きていたりします。私は祖父が猟をしていて、祖母が鴨をさばくのを見たりしていたので、そこまでひどくありませんでしたが、大変な人は大変だったみたいですヨ;)
そして、納棺の日がきます。
その日初めて、教師から今まで半年間学ばせていただいた方のお名前を教えてもらうことが出来ます。そして別室に用意されているその方の柩を、実習の机の横まで運んできます。大抵は同じ形の柩ですが、ご家族の意思で別の柩が用意されている方もいます。
柩の中に布団を敷き、お体を横たえ、バラバラにさせていただいていた各部分を可能な限り生前の形に整えます。ご衣裳は着せることが出来ないので、そっとお体の上に掛けます。ご家族が一緒に納棺して欲しいと思っていらっしゃる、生前愛用されていたらしい背広やお手紙のようなものが用意されている方もいらっしゃいます。
私達は花を買い、柩の中に入れます。実習中はふざけた発言などもしていた友人でさえ、歯を見せることがありません。ただ黙々とお体を出来るだけきれいに見えるように整えて、服の皺を伸ばし、花を供えます。
柩の蓋を閉めて、もう一度、その方のお名前を確認します。
そして、最後の黙祷を捧げるのです。
私達は火葬に参加することはありません。
しかし、実習を終えた翌年に学校内で慰霊祭が執り行われ、私達は喪服に身を包み、花を捧げ、同席されている遺族の方の姿を拝見し、確かに自分たちが半年間行ってきたあの実習が『献体』という意思に支えられていた事を改めて知るのです。
解剖実習は大切な儀式です。
人体をモノとして分析的に見る姿勢と、ただ一人の人間として見つめるという二つの視点を同時に持つトレーニングの場であると同時に、初めて自分の前に何の見返りもなく投げ出された好意を受け取り、その好意の背景にある願いを受け取ります。
半年間苦楽を共にし、必死で頑張り、時にはグループ内の愚痴を他の人に聞いてもらったり、喧嘩したりしながら、いつの間にか強い絆が出来上がっています。
卒業するまで、否、卒業しても、同じ実習グループだった彼らは永遠に私の仲間です。
人体の謎 第5週
肉眼解剖学と並行して行われるのが、組織学と神経解剖学でございます。組織学は顕微鏡で体の細胞を観察します。神経解剖学は、篤志の方の脳を摘出して、その脳の構造を観察する学問です。げげぇ、脳みそ〜? と思う方も居るかもしれませんが、脳はとても綺麗なんですよ。体の中のたくさんの反応をこの脳がつかさどっているわけです。働きもまだ謎とされている部分が多く、神秘的でそして何より優雅です。(最初はみんな恐々触っているんですが、そのうち慣れてきて、両手で鷲掴みするようになるんですよね;)
実は、私達のグループは脳を摘出しなければならないはずだったんですが、篤志の方の防腐液の固定がうまくいっていなくて、急遽、別の方の脳で勉強させていただいたのです。防腐液は血管なども使って全身に行き渡らせてあるのですが、篤志の方は高齢の方だったので、血管に血栓などがあったようで、うまく脳まで防腐液がまわっていなかったんですね。(T-T)
脳は防腐液で固定されています。薄い象牙色で適度な弾力があり、メスを入れると美しい断面を見せて切れます。脳の各部分の名称を覚えるだけではなく、構造がどうなっているとか、大脳と脳幹部を切り分けて見え辛い部分を観察したり、脳幹部から出ている脳神経を観察したりします。
実際には組織学で脳を勉強した後に観察するので、顕微鏡で見た部分が肉眼で見るとどう見えるかとか、そういうことを考えながら観察してるわけです。
非常に重要で、かつ、大変だという評判だったのが、組織学です。先輩がたからの組織学の注意は――とにかく真面目にやらないと後が怖い――というものでした。理由はただ一つ。教授が厳しい人だから。
試験の成績が足りなければ容赦なく単位を与えない。教育熱心で素晴らしいけれど、学生としてはかなり冷や汗モノの教授ドノ。
噂に違わず、激しくアグレッシブな講義、膨大な量のノートまとめ、レポート、そして何より顕微鏡での観察。
この顕微鏡での観察が曲者なのです。
プレパラート6-7枚を全て観察してスケッチし、各細胞の名前から構造までを英語と日本語で書いていく作業は、はっきり言って結構辛いものです。なんといっても見つけたい細胞ほど見つからない。しかも焦れば焦るほど見つからない。
細胞の各部分の英語が出てこないし捜しても見つからない。色鉛筆が折れて焦る。スケッチのスペースがなくなる(T-T) そして、高速で細胞を探すあまり酔う!
慣れない骨学の授業の事もあり、あまりの事にくらくらと眩暈さえ感じ始めていた初夏の朝、私は廊下でその組織学の教授とばったり出くわしました。
――おはようございます…。
挨拶は人間関係の基本です。何よりも良い子だと思われていて損はない相手、私はにっこり笑って頭を下げました。当時、初夏の陽気に誘われた私の服は、体に自然に添うカットソーにミニスカート、生足でサンダル――すいません、私だって若かったんでございます。
挨拶を返している彼を私はそっと窺いました。そして私は見てしまったのでございます。
彼の視線はまず私の顔に固定し、そのままゆっくりと爪先まで移動し、さらにそこから舐めるように再び私の顔まで移動しました。
――このオヤジは…、このオヤジは……エロい!(――と思う、たぶん)
そして、その日のスケッチの時間のことでございます。何故か彼は頻繁に私達のテーブルの傍に来るのです。都合の良い事に分らない部分があったのでそっと質問をしますと、あれやこれやと親切の教えてくださり、わざわざ細胞を見易いようにピントを合わせてくださる。見つけるためのヒントをくれる。しかも、呼べば飛んできて教えてくれる!
――これはめちゃめちゃ使える手じゃないか? みんな!
その日の授業終了後、私のすぐ傍の友人がにやりと笑って、言いました。
「次の時間もミニスカートで頼むぜ」
――おうよ、合点だ。任せてくれ。私のこの足で楽々点数稼いで、みんなで楽をしようぜ、ベイベー。
その後、私は組織学の授業の全てをミニスカートで受け、ヒントをもらいつづけ、もちろん不平等にならないように情報を他のグループに流し、文字通り体を張って全員団結して試験を突破したのです。
人間、いつまでも春ですのね。もちろん、ワタクシは後輩に「組織学の時はミニスカートで情報をとれ」と伝達し、きっと次の年も彼は目に幸せな授業を続けられたことと思っているのでございます。
そして数年後、私が卒業する間際、セクハラ相談室が大学内にも設けられ、相談員の中にその教授の名前を見たときに、私は友人と大笑いしたのでございます。
――こう言っちゃなんですが、今まで出会ったどんな教師よりもアナタが一番セクハラチックでしたよ、教授。(笑)